研究班3 保健師のICT及び保健師活動マネジメントスキルの向上プログラム開発


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目次

保健師はICTやデジタル技術をどれくらい活用している?
行政保健師におけるICT活用・デジタル化の実態に関する全国調査
 調査の概要
 調査から見えてきたこと
 報告書全文はこちらからご覧いただけます
保健師活動におけるデジタル化・ICT活用事例
 調査の概要
 調査結果の概要
 デジタル化・ICT活用事例の3タイプ
保健師の教育プログラムの開発が必要


保健師はICTやデジタル技術をどれくらい活用している?

行政のデジタルトランスフォーメーション推進により、地方自治体におけるInformation and Communication Technology (ICT) の活用およびデジタル化が急速に進められています。保健師活動においても、ICTやデジタル技術の活用により、保健師活動の見える化及びPDCAサイクル(計画・実施・評価・改善のプロセス)を推進し、保健師によるデータに基づいた効果的かつ良質な実践を促すことが期待されています。今後、保健師のICT活用及び記録や業務プロセスのデジタル化の推進にむけた制度や施策、プログラムを検討する上では、現在のICT活用及びデジタル化の取組状況や課題、保健師のICTやデジタル技術を活用する力の実態を把握することが必要です。

そこで本研究では、行政保健師におけるICT活用・デジタル化の実態に関する全国調査(全国地方自治体の統括保健師を対象とした全国調査・無作為抽出された地方自治体の保健師を対象とした調査)、保健師活動へのICT活用及びデジタル化に関する先駆的な取組実績のある自治体を対象としたヒアリング調査を実施しました。


行政保健師におけるICT活用・デジタル化の実態に関する全国調査

本調査では、自治体での保健師活動におけるICT活用及びデジタル化の実態やニーズ、課題等を明らかにするため、全国の統括保健師および無作為抽出された自治体に所属する全保健師を対象としたアンケート調査及び先駆的な取り組みを行う自治体を対象としたヒアリング調査を実施いたしました。本報告書では、全国自治体の保健師の皆様にご協力頂いたアンケート調査の結果からわかってきた地方自治体の保健師活動における実態や課題、そこから得られた示唆についてまとめています。これから、ご所属自治体でのデジタル化・ICT活用に取り組んでいこうとされている自治体保健師の方々の参考にしていただけたら幸いです。


調査の概要

調査1. 自治体の統括保健師を対象とした全国調査
調査2. 無作為抽出された自治体に所属する保健師全員を対象とした調査

1 調査手法 インターネットもしくはメールによる調査
2 調査地域 全国
3 調査対象者 調査1. 全国自治体の統括保健師等
調査2. 無作為抽出された自治体に所属する全保健師
4 回答数 調査1. 577件(回収率32.3%)
:調査2. 609件(回収率27.0%)
5 調査時期 2023年10月~2024年1月

調査から見えてきたこと

■ICT活用・デジタル化に対する積極度と実際の進捗状況にはギャップがある

本調査では、保健師活動においてもDX化が積極的に推進されている一方、その進捗状況は順調でないとの認識の自治体が多くを占めるとのギャップが明らかになりました。また、自治体種別にみると、積極度・順調度のいずれも政令指定都市が最も高く、次いで保健所設置市、その他の市町村と続き、都道府県は最も低い結果であり、自治体種別によって進捗状況や課題が異なっていることが伺えました。日本経営協会による自治体のDX推進担当部署を対象とした調査[1]では、積極度・順調度いずれも、都道府県がもっとも積極的であり進んでいるとの認識が高く、自治体規模が小さくなるほどその割合が低くなるとの結果が報告されており、本研究とは異なる結果でした。これは、自治体区分よる保健師活動の役割や内容が異なっていることが影響したことが考えられます。

以上を踏まえると、保健師活動におけるICT活用等の推進に向けては、自治体種別ごとの保健師活動の特性や課題を踏まえた上で、その特性に応じた推進方法を探る必要があるといえます。具体的には、各自治体は先駆的事例の把握や同規模自治体との情報交換を行いながら進めることがよいと考えられます。また、当研究班では引き続き全国規模での先駆的事例やそのノウハウを収集し、集約の上で事例集等として広く共有することにより、各自治体のICT等活用の推進に寄与できればと考えております。

図:ICT活用・デジタル化の積極度
図:ICT活用・デジタル化の順調度

 

■DX時代に応じた現場の保健師への人材育成・現任教育が必要

ICT活用・デジタル化を進める上での組織の課題として「保健師の知識やスキルの不足」が最も高く、統括保健師の認識としても「人材育成の仕方がわからない」が9割を占めていました。各自治体ではDX推進に向けてデジタル推進部署の設置やデジタル専門職の配置が進められていますが、特に保健師活動の目的に応じたICT活用・デジタル化を進める上では、デジタル部署や専門職との円滑な連携・協働のために、現場の保健師の理解やスキルを高めるための人材育成・現任教育が重要であると考えられます。

また、保健師のデジタル・ヘルスリテラシーは、日本の成人を対象とした調査[2]と同程度でした。また、本調査ではICT活用・デジタル化に関する研修を受講した者は、そうでない者と比して、デジタル・ヘルスリテラシーが高い結果でした。今後は、保健師のデジタル・ヘルスリテラシーの向上に向けて、各自治体における保健師活動のICT活用及びデジタル化に関する研修の充実を図るとともに、研修プログラム内容の全国的な標準化が必要であるといえます。

 

図:保健師活動へのICT活用・デジタル化を進める上での組織の課題

 

■円滑な情報連携を可能とする情報システムの構築が必要

ICT活用・デジタル化を推進するための取り組みについて、個人専用パソコンやWi-fiの設置などの庁内のICT環境はおおむね整備されている一方、外部の健診会場や訪問先等の庁外でのICT環境整備に取り組んでいる自治体は2割弱という傾向でした。保健師活動の効率化・良質化のためには、保健師活動に関わる情報のデジタルでのリアルタイムかつスムーズな連携・共有が重要であり、その実現にむけて今後は庁内に限らず庁外や多機関・多部署との円滑な情報連携を可能とする情報システム構築について、セキュリティ上の課題を踏まえた上で、検討を進める必要があるといえます。

図:庁外(家庭訪問や庁舎外での健診時等)のパソコン・インターネット環境の整備

 

■住民や現場にメリットが実感できるICT活用・デジタル化の推進を

母子保健分野へのICT活用・デジタル化の取組について、自治体の3割でそのメリットを感じられていないという実態が明らかとなりました。また、メリットを感じられている自治体においても「事務手続きに関わる業務時間が減った」、「記録に関わる業務時間が減った」、「残業時間が減った」といった業務効率化に関する実感が得られている自治体は限られていました。ICT活用およびデジタル化を進める目的として業務効率化とともに、効率化した時間を使ったよりよいサービス提供につなげていくことがあげられます。保健師活動のICT活用及びデジタル化の推進にあたっては、設計・導入の段階から、住民や現場の保健師等がそのメリットを実感できるような取組となるように十分な吟味が必要です。また、現状では保健師活動のICT活用やデジタル化を進めることによる住民や現場への効果を検証・評価する手段が不明確であることが課題であり、今後の検討が必要です。さらに、保健師活動においては、デジタル技術になじみのない住民やアクセスの難しい住民の配慮は重要であり、ICT活用・デジタル化のメリットとデメリットを十分検討の上進めていくことが必要であるといえます。

図:母子保健活動へのICT活用・デジタル化の取り組みに関するメリット

 

■PDCA推進の要となる保健師記録DXにむけて

保健師活動のPDCAサイクル推進の状況では、母子保健活動についてデータを活用した活動評価の仕組みづくりを行っている自治体は全体の23.6%でした。また、データを活用した活動評価を進める上でその基盤となる保健師記録のデジタル化について、保健師活動全体では約4割、母子保健分野では約3割の自治体において実施されていない実態が明らかになりました。我が国では現在、厚労省・こども家庭庁による母子健康手帳や母子保健情報のデジタル化[3]をはじめとして、保健師活動に関わる住民の保健・医療情報のデジタル化が進められており、保健師記録についても戦略的にデジタル化を推進することが求められています。これまでは、自治体によって記録のデジタル化の進捗状況や様式等が様々であり、自治体間・部署間での円滑な情報連携や記録に基づく活動評価が困難でした。今後はデジタルに対応可能な記録様式やアプリケーション等の整備によって、自治体における保健師記録の標準化を図り、保健師活動に関わるエビデンスの蓄積やサービスの質向上につなげていくことが重要です。臨床看護の領域では既に、厚労省の標準規格である「看護実践用語標準マスター[4]」など看護記録の標準化に関する例があり、本研究班ではそれらの先例を参考に行政の保健師記録の標準化・規格化にむけて取り組みを進めています。

図:デジタルデータを活用した母子保健活動を評価する仕組みづくり
図:保健師記録(個別相談、家庭訪問などの記録)の電子化【母子保健分野】

 


報告書全文はこちらからご覧いただけます

厚生労働科学研究費補助金事業
「行政保健師におけるICT 活用・デジタル化の実態に関する全国調査報告書(概要版)」

厚生労働科学研究費補助金事業
「行政保健師におけるICT活用・デジタル化の実態に関する全国調査報告書(全体版)」

 

【文献】

  1. 日本経営協会. 日本の自治体DX浸透度調査研究報告書2022. 日本経営協会ホームページ. 2023年
    https://noma.actibookone.com/content/detail?param=eyJjb250ZW50TnVtIjoyOTg4MTAsImNhdGVnb3J5TnVtIjoxMjEwNX0&pNo=1
    (2024年6月20日アクセス可能)
  2. 宮脇梨奈, 加藤美生, 河村洋子ら. デジタル・ヘルスリテラシー尺度(DELI)日本語版の開発. 日本公衆衛生雑誌, 71(1), 2024年
  3. 厚生労働省. 母子保健情報のデジタル化について(母子健康手帳、母子保健情報等に関する検討会報告書). 厚生労働省ホームページ:母子健康手帳、母子健康情報等に関する検討会. 2023年
    https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/001072272.pdf
    (2024年6月20日アクセス可能)
  4. 一般財団法人医療情報システム開発センター. 看護実践用語標準マスター. MEDIS標準マスター総合サイト. 2024年
    https://www2.medis.or.jp/master/kango/index.html
    (2024年6月20日アクセス可能)

保健師活動におけるデジタル化・ICT活用事例

行政保健師におけるICT活用・デジタル化の実態に関する全国調査を行う中で、「先駆的に取り組んでいる自治体の事例を知りたい」という現場からの声も多く聞かれました。そこで、本研究では、先駆的にデジタル化・ICT活用に取り組んでいる自治体の保健師を対象にヒアリング調査を行いました。
ヒアリング調査では、保健師活動におけるデジタル化・ICT活用の現状だけでなく、現場の保健師が何に困っているのか、どのようなプロセスを踏んできたかといった、より具体的な内容をお聞かせいただきましたのでご報告いたします。これからご所属自治体でのデジタル化・ICT活用に取り組んでいこうとされている自治体保健師の方々の参考になれば幸いです。


調査の概要

1.調査対象者
今回は先駆的にデジタル化・ICT活用に取り組んでいる自治体を、「過去に公衆衛生看護に関連する専門雑誌に掲載された自治体」や、「母子保健記録のデジタル化に関する知識を有する保健師からの推薦された自治体」と定義し、その自治体の母子保健事業に従事する保健師等を対象にインタビュー調査を実施しました。

2.調査内容
対象自治体の保健師活動におけるデジタル化・ICT活用の実態や導入契機から現在に至るまでの具体的なプロセスや保健師の関わり、デジタル化・ICT活用を行う上で知識・スキルの不足を感じた場面やスキル向上のための勉強会や研修会の開催状況、デジタル化・ICT活用における効果や課題等について調査しました。

3.調査期間
令和4年12月~令和6年1月

4.倫理的配慮
調査実施前に研究目的および方法、調査対象者の権利の保護、データの保管等について調査対象者に文書と口頭で説明を行い、書面にて同意を得たうえで実施しました。


調査結果の概要

今回は、8か所の自治体に研究協力を依頼し、同意が得られた16名(保健師15名、事務職1名)にインタビューを実施しました。調査対象者の半数以上が25年以上の保健師経験を有していました。


デジタル化・ICT活用事例の3タイプ

本調査の結果、保健師活動におけるデジタル化・ICT活用に関する事例は、保健師記録のデジタル化とICT活用の2つに大きく分かれ、さらにICT活用事例は、住民サービスへのICT活用と、業務改善へのICT活用に分けられました。本報告書では、①保健師記録のデジタル化、②住民サービスへのICT活用、③業務改善へのICT活用のそれぞれについて紹介させていただきます。

 

活用タイプ① 保健師記録のデジタル化
個別支援記録等を電子記録システムに直接入力したり、PDFを取り込んだりすることにより、保健師記録をデジタルで管理することです。保健師記録をデジタル化することで、 データを活用して分析・評価を行い、保健師活動の改善につなげることが可能になるのに加え、複数のデバイスから情報を閲覧することができ、情報共有がしやすくなるといったメリットも聞かれました。

 

活用タイプ② 住民サービスへのICT活用
アプリやSNSでの事業の予約や問診票の事前入力、プッシュ型の情報発信など、 住民にとっての利便性やサービスの向上を目的としてICTを活用することです。対象者に デジタルネイティブな世代が多い母子保健分野においては特に、住民に幅広く支援をすることが可能になったり、窓口での手続きや待ち時間が解消されるなど、住民の満足度アップにもつながっているようです。

 

活用タイプ③ 業務改善へのICT活用
事業先での記録の即時入力やインカムの活用など、保健師の負担を軽減したり、記録の効率性を向上させたりすることを目的にICTを活用することです。ICT活用により記録 時間が削減され、捻出された時間を家庭訪問などの地区活動に充てることができた事例もありました。多くの自治体で保健師の人手不足が問題となっている中、保健師活動にICTをうまく活用することで、保健師が専門性を活かした活動に専念できるような環境作りが望まれます。

 


活用事例はこちらからご覧いただけます

01 電子記録システムの改修 データ活用による保健師活動の質改善 _愛知県一宮市
02 先進的な電子記録システムの導入と記録の標準化 _京都府長岡京市
03 電子記録システムの導入 _広島県安芸郡府中
04 母子保健記録のデジタル化に向けた取り組み アプリを活用した住民サービスの向上 _福岡県北九州市
05 個別管理支援システムの導入 インカム活用による記録業務効率化 _神奈川県横浜市西区
06 住民の身近なSNSを活用した子育て支援 _神奈川県横浜市港南区
07 市民目線の電子母子保健手帳の推進 _神奈川県相模原市
08 子育て支援の推進にむけた モバイルパソコン活用による記録業務効率化 _静岡県島田市

 

厚生労働科学研究費補助金事業
「保健師活動におけるデジタル化・ICT活用事例報告書」


保健師の教育プログラムの開発が必要

調査の結果、保健師活動におけるICT活用やデジタル化の推進には、保健師個人が必要なスキルや知識を習得する機会を設けるとともに、行政組織でのICT活用の体制・システム整備の重要性が示唆されました。今後は、各調査により収集したデータのさらなる分析を通じて保健師のスキル・知識の現状を把握し、その結果に基づき、保健師の教育プログラムの開発を行っていきます。